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光福丸の事故・・・
ただ今の天気 あめ URL光福丸HPURL

赤い旗人気blogランキングブログフリークラッキー


皆様ご存知と思いますが、昨日早朝漁船とイージス艦の事故がありました。
やはり同じ漁師…ニュースに釘付けですテレビジョン
     海上幕僚長等の防衛省側の記者会見をみて言いたいことは多々ありますが、ココでは遠慮しておきます。。。ノーノー

しかもあの映像を見ると、あの7年前の事故を思い出します。。。ポロリ
     ココにちょこっと書いてありました。


あの時、救助に行ってくれる海保の行動の遅さにイライラして、船が帰ってくるまでず〜っと無事に帰ってきてくれるのを祈りながら港で待ってたもんなぁ〜。


金沢港でも事故はあります。
そして、亡くなった方も何人もいます。。



ウチの第八光福丸だって、過去に船が沈没する大きな事故がありました。

あれは、今から40年前の1月24日真冬の日本海での出来事。
     まだ、私も生まれておらず、父親も結婚もしてない頃でした。


当時の新聞記事です。down
     この記事を見たくって図書館へ初めて行ったんです。たらーっ
     参考 ⇒ 初めて行った図書館!

記事1

記事2

記事3

記事4


昭和43年1月24日早朝7時、第八光福丸(船長:大杉善則←爺様です、他乗組員4名)は時化てきた為、帰港中のところ横波を受け船が傾き、その弾みで乗組員1人が海中に投げ出されましたが、父親が浮き輪を投げて、すぐそばに居た僚船に救助してもらい、他の残り4名は船のブリッジの上で、またそばに居た別の僚船に全員救助してもらったそうです。
そして、最後に船長である爺様が救助されて船を離れた瞬間、第八光福丸は海の底に沈んだそうです。
     この光福丸の沈んでいるところは今ではカニの棲みかになってるそうです。


漁師は商売(操業)になるとライバル同士ですが、絆は強く、沖で何かあったら助け合います。

ウチの爺様が仲間の船に乗り移るまで、海の神様が待っててくれたんだと、みんなで話していたそうですよ。星


爺様のインタビューを紹介便箋
カニを一網起こしたが、時化になったので帰る途中だった。
冬の海で遭難したときはなかなか助けられないと言われているが、ほっとした。
船が傾いた時、ただ乗組員が助かってくれればと思っていた。
助けてくれた僚船の人たちに感謝している。


この新聞のコピーを爺様に見せて話をしていたら、船頭の責任として自分のことは後回し、とにかく乗組員を先に助けることだけを思ったって。それが船頭や!って言ってました。

父親はこの新聞を見て…新聞では僚船が海に落ちた叔父さんを助けたことになっとるけど、ワシが浮き輪投げて助けたんや。とご立腹?!イヒヒ

ちなみに、この時の乗組員は一人を除きすべて身内が乗ってました。
(ココを見ているウチの親戚のために…爺様、ウチの父親、カッシャさん、房雄さんですよ。ちなみに海に落ちたのはカッシャさん!)

私も、ウチの船が沈没した事はかなり小さい頃から知ってました。
しかし、いつだったのかは知らず、先日ウチの父親がふと、ウチの船沈んだのこんな時期やったなぁ〜の一言から、それが昭和43年1月24日だったと言うことを知り、図書館で調べたんです。読書


やはり漁師は危険と隣り合わせなんだと、命を懸けて仕事してるんだと、改めて思いました。


命懸けで捕ってくる海の幸。魚
今日の記事を読んで、美味しい魚を食べられると言う事に少しでも有難みを感じ感謝していただけると嬉しいです。ラッキー
| 第八光福丸 | 16:28 | comments(7) | - | pookmark |
コメント
そんな親戚のために詳しく書いてくれてありがとう!
そのお話、うちの父から何回か聞いたことあります!←こんど誰が浮き輪なげたことになっているか聞いてみます。 
| 大阪のじゅん | 2008/02/21 3:32 PM |
事故はよくあるっすね。。。
人命・人身はだいぶ少なくなってきたけどー。
その代わりに規制が多くなって沖に出る日が無いって親方様達は騒いでるけどね(−−)
俺らの船は。。。
船、2回・岸壁を1回やってるものな(汗)
本船との衝突、ウインチなどでの事故一緒な港でもいっぱいあるワナ。
ここ何年かは握り飯を持って捜索隊に出ないだけいいんだけどね(* ̄0 ̄*)ノ オォー!!
| 魚アキ | 2008/02/21 4:33 PM |
※ 大阪のじゅんちゃん ※
じゅんちゃんも知っとったんや!
やっぱ昔の事(大杉家の歴史)を知っておくことは大事やね☆

ホント今度この話お父さんに聞いてみ♪


※ 魚アキさん ※
ウチの港も人命に係わる事故は少ないですね。
でも、怪我は年に1,2回はあるかな?

船の故障や衝突はよくあります。
実はココには書いてないけど、先週光福丸操業中にぶつけられちゃいました。。。怪我人はいないんだけど、、、カンヌキが壊れちゃって(−−;
でも、先週は大時化だったのでその間に無事直すことが出来ました。ホッ(^o^)

しかし、昔に比べるとホント沖に出る日が少なくなりましたよね。。。
しかも、今月はかなり少ないです。。。最低保障?!
| 光福丸の娘 | 2008/02/22 1:20 PM |
あ〜。そんなことが…。
全く知らんかった。
読みながら泣いた…。
恐ろしかったやろね。

40年前ときいて、私が生まれる随分前だ〜と思ったら
いや、直前だった(因みに私43年2月生まれです)
自分の年齢が最近分からなくなってきた。苦笑。
| 東京のJun | 2008/02/23 6:53 PM |
※ 東京のJunちゃん ※
大杉家の歴史にはこんなこともあったんです。。。
そっか〜Junちゃんが生まれる前やったんやね。

その事故当時、爺さんは50歳、父親は20歳、カッシャさん(粕谷さん)は37歳だったんだって〜。
カッシャさんは海に投げ出されたため新聞記事に名前と年齢が出てたの。
これ見て『若っ!!』って驚いちゃったわ(@_@;)

今度金沢来た時には当時の新聞記事見せてあげるねっ☆
| 光福丸の娘 | 2008/02/23 10:38 PM |
久々のコメントですいません。

<光福丸の事故〜>・・・。

そんな事があったんですね〜。知りませんでした。一度沖に出てしまうと、陸で待っている身にとっては、まず無事に帰って来る事が1番なのでしょうね。

しかし、ここ数日の○○省の発表は何なのでしょうか???

<言いたいことは多々ありますが〜>・・・。

良く分かる気がします。

まず、真実ありきだと思うのですが・・・。
| 寅息子 | 2008/02/29 1:38 AM |
※ 寅息子さん ※
お久しぶりです。

なんだか発言がコロコロ変わりますね。。まぁ〜最初っから信用はしてませんでしたが(−−;


ハッキリ言って、普段沖に出ててもなんの心配もしないんですが、、、
(心配なのは魚をたくさん捕ってくるかどうか^v^)

天候が悪いのに沖に出てたり、「事故」って言葉を聞くと心配しますね。。

天候が悪くてかなり心配のは、以前書いた『大荒れ!(◎0◎) http://today.koufukumaru.jp/?eid=368171 』ですね。
| 光福丸の娘 | 2008/02/29 3:33 PM |
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