2008.02.20 Wednesday
光福丸の事故・・・
ただ今の天気
光福丸HPへ
人気blogランキングとブログフリーク
皆様ご存知と思いますが、昨日早朝漁船とイージス艦の事故がありました。
やはり同じ漁師…ニュースに釘付けです
海上幕僚長等の防衛省側の記者会見をみて言いたいことは多々ありますが、ココでは遠慮しておきます。。。
しかもあの映像を見ると、あの7年前の事故を思い出します。。。
ココにちょこっと書いてありました。
光福丸HPへ
人気blogランキングとブログフリーク
皆様ご存知と思いますが、昨日早朝漁船とイージス艦の事故がありました。
やはり同じ漁師…ニュースに釘付けです

海上幕僚長等の防衛省側の記者会見をみて言いたいことは多々ありますが、ココでは遠慮しておきます。。。

しかもあの映像を見ると、あの7年前の事故を思い出します。。。

ココにちょこっと書いてありました。
あの時、救助に行ってくれる海保の行動の遅さにイライラして、船が帰ってくるまでず〜っと無事に帰ってきてくれるのを祈りながら港で待ってたもんなぁ〜。
金沢港でも事故はあります。
そして、亡くなった方も何人もいます。。
ウチの第八光福丸だって、過去に船が沈没する大きな事故がありました。
あれは、今から40年前の1月24日真冬の日本海での出来事。
まだ、私も生まれておらず、父親も結婚もしてない頃でした。
当時の新聞記事です。

この記事を見たくって図書館へ初めて行ったんです。

参考 ⇒ 初めて行った図書館!




昭和43年1月24日早朝7時、第八光福丸(船長:大杉善則←爺様です、他乗組員4名)は時化てきた為、帰港中のところ横波を受け船が傾き、その弾みで乗組員1人が海中に投げ出されましたが、父親が浮き輪を投げて、すぐそばに居た僚船に救助してもらい、他の残り4名は船のブリッジの上で、またそばに居た別の僚船に全員救助してもらったそうです。
そして、最後に船長である爺様が救助されて船を離れた瞬間、第八光福丸は海の底に沈んだそうです。
この光福丸の沈んでいるところは今ではカニの棲みかになってるそうです。
漁師は商売(操業)になるとライバル同士ですが、絆は強く、沖で何かあったら助け合います。
ウチの爺様が仲間の船に乗り移るまで、海の神様が待っててくれたんだと、みんなで話していたそうですよ。

爺様のインタビューを紹介

カニを一網起こしたが、時化になったので帰る途中だった。
冬の海で遭難したときはなかなか助けられないと言われているが、ほっとした。
船が傾いた時、ただ乗組員が助かってくれればと思っていた。
助けてくれた僚船の人たちに感謝している。
この新聞のコピーを爺様に見せて話をしていたら、船頭の責任として自分のことは後回し、とにかく乗組員を先に助けることだけを思ったって。それが船頭や!って言ってました。
父親はこの新聞を見て…新聞では僚船が海に落ちた叔父さんを助けたことになっとるけど、ワシが浮き輪投げて助けたんや。とご立腹?!

ちなみに、この時の乗組員は一人を除きすべて身内が乗ってました。
(ココを見ているウチの親戚のために…爺様、ウチの父親、カッシャさん、房雄さんですよ。ちなみに海に落ちたのはカッシャさん!)
私も、ウチの船が沈没した事はかなり小さい頃から知ってました。
しかし、いつだったのかは知らず、先日ウチの父親がふと、ウチの船沈んだのこんな時期やったなぁ〜の一言から、それが昭和43年1月24日だったと言うことを知り、図書館で調べたんです。

やはり漁師は危険と隣り合わせなんだと、命を懸けて仕事してるんだと、改めて思いました。
命懸けで捕ってくる海の幸。

今日の記事を読んで、美味しい魚を食べられると言う事に少しでも有難みを感じ感謝していただけると嬉しいです。




![素材満載 ブログで作る かんたんホームページ [CD-ROM付き]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/61XF13WMY1L._SL160_.jpg)